「ぼける」も「ほれる」も同じ漢字で、意味も同じようなものである。
「ぼける」のは困るが「ほれる」のは羨ましい。 「ぼける」のは高齢者の専売特許であるが、「ほれる」のは年齢制限無しである。 意味は 1 知覚がにぶくなる。ぼんやりする。ぼっとなる。 「惚けたような顔」「惚トボける」「寝惚ける」「古惚ける」 2 一つのことに夢中になる。のぼせる。 「遊びほうける」「聞きほれる」「見ほれる」 1が「ぼける」で、2が「ほれる」であるが、どちらも精神状態があらぬ方向にいってしまったことを表す。 #
by iwaoka2
| 2007-03-03 23:25
「戦わさしていただきます」
「辞任をさせていただきます」 これらの例は、自分の意見をはっきりと言わない、他人事のような表現である。特に「辞任をさせていただきます」は、本当は辞任したくはないけれど、仕方なく辞めるという未練たっぷりの言い方に聞こえる。「戦います」「辞任します」の方が、分別ある大人の決断の表現だと思える。 「淋しいかなと思う」「~が出来たらいいかなと思う」も、自分の思いをはっきりと述べずにぼかした表現である。もっと自信をもって、自分の意見を言える人間になってほしい。 #
by iwaoka2
| 2007-02-01 23:43
あけましておめでとうございます。我々は当たり前のように、この挨拶をする。「めでたい」はどういう意味だろうか?「目出度」「芽出度」は当て字である。
動詞「めでる(愛)」の連用形「めで」に「いたし(甚)」が付いた「めでいたし」を短縮したもの。「ほめたたえることが甚だしい」から、立派である・見事である・すばらしいという意味である。 竹取物語には「かぐや姫かたち(容姿)の世に似ずめでたき事を、御門きこしめして」とある。平安時代には、見た目や世間の評判・権勢等が立派である・すばらしい・結構だという意味で使われることが多い。 「枕草子」には、「めでたきもの」 「六位の藏人こそなほめでたけれ。・・・・心にまかせて著たる青色すがたなど、いとめでたきなり」 「博士のざえあるは、いとめでたしといふも愚なり」 「法師のざえある、・・・・時など定りたる御讀經などぞ、なほいとめでたきや」 「葡萄染の織物。すべて紫なるは、なにもなにもめでたくこそあれ、花も、糸も、紙も。紫の花の中には杜若カキツバタぞ少しにくき。色はめでたし」 清少納言の「めでたきもの」は、紫の色や男性に使っている。 (あまり身分は高くない)六位の藏人の身なり、優れた博士や法師の学識や才能を「めでたきもの」としている。 この他、食べ物の味や声や音などが、趣があってすぐれている。 書、絵画、和歌・物事のしかた・ありかたが優れている。上手である。等の意味から、物事がすばらしい状態で、祝うべきである・喜ばしいとなる。 江戸時代頃から、接頭語「お」を付けた「おめでたい」の形で用いられることが多くなった。 今では、受験の合格や入学・卒業・入社・結婚・出産・新年等に使われる。いずれも、人生の節目・新たな出発に期待をこめて、「おめでとう」が使われる。 もう一つ「おめでたい人」は、お人よしである、ばか正直である、他人にだまされやすい人となる。あまり褒められると「おめでたい人」にならないようにという警告かもしれない。おめでたい新年、今年こそは「振り込めサギ」がなくなりますように #
by iwaoka2
| 2007-01-01 00:02
最近日本人のモラルは低下したと言われる。モラルは英語の「moral」から来た言葉であるが、それに対する和語がない。道徳・倫理に当たるが、これは漢語である。モラルは、善悪についての道徳上の基準(基礎となる標準)や考え方である。
モラルに当たる和語はなかったが、日本人のモラル観は高かった。 「そういうものです」が、人々の行動を規制していた。「そういうものです」に反した行為は、「世間様に顔向けできない」「お天道様が見ている」「恥を知る」等という言葉からも分かる。 今の日本人の多くは、お天道様も世間様も関係なく、「恥ずかしい」という気持も無くなってしまったようである。 戦前、思想も行動も厳しく制限されていた。戦後、それが「自由」になり、貧しくても希望に満ちた生活になった。今は食べ物も物資も豊富になって、心が貧しくなったようである。「自由」には厳しい制約がある。それがモラルである。「自由」をはきちがえると、「勝手」になる。「勝手」とは、都合のよい事・便利な事という意味であるが、自分だけに都合のよい事は「わがまま」である。 公共料金や支払うべき料金を払わない人が、「私の勝手でしょっ!」と言っている。 写真を撮るために立ち入り禁止の区域に入り込み、貴重な高山植物を駄目にする。 「美しい日本」は心の問題といえる。 #
by iwaoka2
| 2006-12-01 10:53
いずれも温度に関する感じである。
「涼しい」と「寒い」は、身体で感じる感覚で主に外気に用いる。「冷たい」は、物体や液体に手足等で直接触れて感じる感覚。 「涼しい」は、暑苦しくなくすがすがしい。気持ちの良い冷ややかさを表す。 季節としては、夏から秋にかけて使う。冬や春には使わない。 「午後にわか雨が降って、涼しくなった」「涼しい風が吹く」 「寒い」は、気温が不快なほどに低いさま。 「北風が強く今日は、とても寒い」「急に寒くなると、風邪が流行る」 「冷たい」 物体や液体の温度が、ひどく低く感じられるさま。 外気が肌にあたってひえる。 「雪解けの水はとても冷たい」「金属の冷たい感触」「冷たい飲み物」 古い日本語の意味はもっと広い。 「涼しい」 物のさまがさわやかである。見た目にあざやかである。すっきりしている。 ことばや動作がはっきりしていてすがすがしい。「涼しい声」 目もとがはっきりしている。目にけがれがない。「涼しい目元」 日葡辞書「スズシュウ(立派に礼儀正しく)マウス」 心がさわやかである。さっぱりしている。いさぎよい。潔白である。 等と、良い意味が多い。中には「寒い」や「冷たい」に近い意味もある。 「涼しい顔」 知らぬふりをして澄まし込んでいる様子。 自分もその事柄に関係していながら、何の関係もないようなそぶりをすること。 「寒い」 ある物事がひえびえとした感じである。 粗末である。経済的に貧しい。「お寒いかぎりの福祉施設」「ふところが寒い」 恐ろしさにぞっとする。身の毛がよだつばかりである。「背すじが寒くなった」 「冷たい」 人情がうすい。冷淡である。よそよそしい。また、愛情がさめる。「冷たくされる」「冷たい態度」「冷たい目で見る」「冷たい家族」 冷たい戦争 冷たくなる(死ぬ) #
by iwaoka2
| 2006-11-01 22:58
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外国人の話す愉快な日本語から、我々日本人がこれまで気がつかなかった日本語の特徴が分かることもあります。国語学界の謎といわれた「連濁の法則」も、ほぼ解明できました。
言葉は時代とともに、変化します。日本人の日本語も?が多くなりました。 カテゴリ
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