カテゴリ:言葉のエッセイ( 61 )

「隣」と「横」 

「郵便局(A)の隣に、交番(B)がある」

「私の家(A)は、鈴木さん(B)の隣です」

「交番(C)の横に、消火栓(D)がある」 

「机(C)の横に、本箱(D)がある」

この様に、隣と横はどちらも存在を表す。

隣は(A)と(B)が対等である。横は(C)が主で、(D)は(C)に付属している。「隣の席に美人が座った」「美人の横には、ボーイフレンドがいた」この場合は、美人にのみ視点がある。

「隣」は、建物や人や物の他、「隣の国」「隣の町」「隣の山」等、並んでいるものに使うことができる。しかし、「河の隣」「野原の隣」「岡の隣」等、自然のものには使えない。
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by iwaoka2 | 2005-11-02 16:44 | 言葉のエッセイ

「お見舞い」と「お悔やみ」

あちこちで、大きな災害がおこり、本当に痛ましいニュースが多い。
ハリケーンの凄まじい自然の驚異に、科学がこんなに発達した今、人間の無力さを感じる。
テレビやその他で、被害に遭われた地域や知人に対して、「お悔やみ申し上げます」とか「お悔やみの手紙を送った」という方があった。

「お悔やみ」は「人の死に対して、惜しんで弔う」という意味である。「悔やむ」のもう一つの意味は、主に自分のやったことに対して、残念に思ったり、後悔したりする意味である。従って、大きな災害に対して使う言葉ではない。
「お見舞い」は災難をうけたり病気にかかったりした人に対して、慰めたり品物を送ったりすることである。災害に遭われた方々には、心からお見舞い申し上げます。
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by iwaoka2 | 2005-10-02 00:07 | 言葉のエッセイ

長~い敬語と謙譲語 

 日本語の単語は3~5音が多い。名詞は毛・目・歯・手・胃・背セ・血・田・木・日・死・身等、1音のものも多い。そこに外国語が入ってきても、長い単語は短くしてしまう。
パーソナルコンピュータはパソコン、リストラクチャーはリストラになった。単語は長くならないが、助動詞はいくつも重ねて長くなる。
最近流行の
「~と申し上げさせていただきました」
「~を差し上げさせていただきました」
「いただかせていただきます」
等の丁寧すぎる言葉。これも、日本語の特徴かもしれない。
「源氏物語」には、あまり主語が書かれていない。書かれていない主語をどの様に区別したのか。それは文脈と尊敬の助動詞だといわれている。天皇の行為などは「せさせ給う」高貴な人は「させ給う」「給う」と使い分けた。
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by iwaoka2 | 2005-09-01 23:21 | 言葉のエッセイ

違い

1.「交通事故が1/4 に減りました」
2.「交通事故が1/4減りました」
これは、交通事故全体からみて、
1.は3/4 減ったことになる。
2.は1/4減ったということである。たった「に」一字でこんなに意味が異なる。
「交通事故が1/4 に、減りました」は、1/4が「交通事故」と結びついている。
「交通事故が、1/4減りました」こちらは、1/4が「減りました」と結びついているからである。
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by iwaoka2 | 2005-07-30 23:22 | 言葉のエッセイ

~してもいいですか?

従来の日本語では、
「タバコを吸ってもいいですか?」「部屋に入ってもいいですか?」「パソコンを使ってもいいですか?」「この本を借りてもいいですか?」は、相手にイエスかノーの答を訊ねる質問であった。
それが、最近次のような使い方が多い。
「この犬の種類を聞かせていただいてもいいですか?」(この犬の種類は何ですか?)「住所をここに書いてもらってもいいですか?」(ここに住所を書いてください)「ちょっと待っていただいてもいいですか?」(ちょっとお待ち下さい)「あちらに並んでいただいてもいいですか?」(あちらにお並びください)
こちらの質問や要望を伝えるのに、はっきりと「何ですか?」「~して下さい」というところを「~していただいてもいいですか?」にしたのである。丁寧そうに聞こえるが、曖昧で面倒である。

 このような表現があっという間に広がるのは、テレビやラジオの影響が大きい。このような言葉をいつも聞いている子供は、それが日本語として頭に入っていく。最近テレビで、発言した人の言葉を正しい日本語で、画面に文字で示されているのを時々みかける。
言葉だけ丁寧であっても、人間の中味とは別である。
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by iwaoka2 | 2005-07-01 23:23 | 言葉のエッセイ

「アパート」と「マンション」

最近アパートという言葉は、あまり使われなくなった。ほとんどが「マンション」である。両方とも英語からきた言葉であるが、「アパート」や「マンション」は日本人にしか通じない。アパートは米国のapartment からきた言葉であり、意味は今のマンションである。Apartment house は建物を指し、Apartment はその中の一戸分をいう。
  マンションはmansionから来た言葉である。Mansionの意味は大邸宅・館、個人の豪壮な大邸宅のことで、集合住宅の意味はない。ワン ルーム マンションというのは、日本独特のものである。外国人と話す時「私はマンションに住んでいます」というと、どんな豪邸に住んでいるのかと思われる。それがワンルームだったら、もっと驚かれる。日本人に「あなたのアパートの近くに・・・・」などと言うと、マンションと言い直される。
中味に関わらず、言葉だけが高級そうに聞こえるものになっていく。アパートというと、設備の整っていない粗末な部屋という印象があるらしい。関西では台所やトイレが共同のアパートをアバートと言ったこともある。
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by iwaoka2 | 2005-05-30 23:23 | 言葉のエッセイ

~させていただく

日本語は前にも述べたように、少しの違いが大きな意味の違いを表す。
「私が行く」 何人かの人の中から、自分一人行く
「私は行く」 他の人はどうか知らないが、自分は行く
「私も行く」 他の人が行くのに合わせて、自分も行く
「私と行く」 他の人が自分と一緒に行く
 このように、たった一字でかなり意味が異なる。

 最近バカ丁寧な表現が多いが、意味が異なることもある。
「~させていただく」
「素晴らしい経験をさせていただきました」は普通の言い方である。
「○○高校を卒業させていただきました」は成績がよくなくて、お情けでどうにか卒業したともとれる。自分の実力で卒業なら「卒業しました」でよい。
「いただかせていただきます」「美術館でゴッホの絵を見させていただきました」駅では「ドアを閉めさせていただきます」と「~させていただく」の氾濫である。

「~てあげる」
「姉に本をあげる」は普通の言い方である。「犬に餌をあげる」は、かなり多くの飼い主が使っているがおかしい。人の上下関係によって、「あげる」と「やる」は使い分けられている。
「手伝ってあげる」「宿題を見てあげる」「電話をしてあげる」「お客様の要望に応えてあげる」は「あげる」がついている。しかし、ちょっと押しつけがましい、又は、仕方なくやるという感じがある。「動作動詞+てあげる」には、注意が必要である。
「野菜の水分をよく拭き取ってあげて」「花を植えてあげて」「水槽の水を換えてあげて」等、野菜や花や水槽に「あげて」は必要ない。「過ぎたるは猶(ナオ)及ばざるが如し」という諺もある。
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by iwaoka2 | 2005-05-01 23:24 | 言葉のエッセイ

もの

 「気・事・物」は、日本語の三大問題児ならぬ問題字である。外国人にとっては、その意味が分からない。日本人には、何となく分かったような、分からないような曖昧な言葉である。日本人が好む「それとあからさまに言わず、対象を漠然と表す言葉」である。この中で、「もの」について、考えてみたい。
1. 物品を表す「もの」。
「食べ物」「着物」「敷物」「物置」「物差」
2. 対象を漠然と表す「もの」。
「物憂い」「物悲しい」「物恋しい」「物静か」「物凄い」「物足りない」「物物しい」「物入れ」「物音」「物語」「物の怪」「物事」「物種」「物の見事」
 そのような人を表す「もの」。
「物作り」「物知り」「物書き」
 人の様子を表す「もの」。
「物思い」「物心」「物腰」「物好き」「物欲しそう」「物真似」「物見高い」「物分り」「物忘れ」「物笑い」
3. 「そういうものです」の「もの」。
「会社訪問をする時は、地味な色のスーツを着るものです」
「お祝いをいただいたら、お返しをするものです」
我々がよく耳にする「そういうものです」の「もの」とは、どういう「もの」なのだろうか。これは「決まったこと」という意味である。誰が決めたのか?長年培われてきた日本人の暗黙のルール・世間のきまりである。この「もの」を無視すると、社会からシッペ返しを受ける。長年日本人が支配されてきた「そういうものです」に従っていれば、安心であった。
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by iwaoka2 | 2005-03-30 23:24 | 言葉のエッセイ

関西弁

 アメリカ人留学生R君は日本語がとても上手である。来日早々、全く英語の補助なしに、会話ができる。日本語のクラスも一番上のクラスである。一ヶ月たっても彼は英語を話したことがない。私は「R君、本当に英語が話せるの?」とからかっていた。そんな彼が関西に旅行した。大阪の電車の中で人々が話す日本語が、全く分からなかったという。「おいでやす」「しんどい」「なんぼ?」「あかんねん」「儲かりまっか?」「ぼちぼちどす」等、留学生にとっては第三国語のように聞こえる。
日本人はテレビのドラマやお笑い番組などで、関西弁はおなじみである。
関西人はどこでも平気で、関西弁で話す。その他の地域の人は、あまりお国言葉を公の場では話さない。それは何故か。
日本の首都は、千年以上も関西であった。高い文化や歴史的文化財は京都や奈良・大阪に多く残っている。そのことに、人々は自信と誇りをもっているので、無理に標準語を話そうとはしない。関西弁といっても京都・大阪・神戸それぞれ少しずつ異なる。しかし、これらのアクセントはほぼ同じである。東京の言葉に対して、関西の言葉のアクセントは逆になることが多い。「雨」と「飴」、「雲」と「蜘蛛」、「橋」と「箸」の区別は難しい。
地域の歴史や文化が籠められた地方の言葉は、味わい深いものである。
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by iwaoka2 | 2005-01-11 23:28 | 言葉のエッセイ

意見と文句

 「意見をいう」は、誰かに対して自分の考えや思うことを述べることである。「意見する」は、主に人の素行や生活態度に対して忠告する。だらしのない身内に対して使われることが多い。最近、「意見する」ことができる大人が減ったかもしれない。
教師が生徒に対してや会社の上司が部下に対しては「注意する」が多い。
「注意する」は「意見する」と同じ意味もあるが、危険なことや不利益を被らないように教えるという意味もある。「意見する」の方が、親や年長者の高圧的な態度がある。
「文句をいう」は苦情を言うことである。親が子供に・子供が親に「文句ばかりいう」。店や役所や交通機関等あらゆる所で、「文句をいう」人は多い。
「意見をいう」は正しくても間違っていてもその人の考えを述べることであるが、「文句をいう」は苦情で、建設的な意見ではない。

 日本語は誉め言葉が少ないと言われるが、「文句」が多いからであろうか。きちんと意見が言える判断力のある人が少ないのであろうか。「文句無し」は苦情がないということで、すばらしいという意味である。意見をされたり、注意されると、文句を言ったり、口答えをすることになる。最近は「逆ギレ」されて、殺人事件にもなることがある。
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by iwaoka2 | 2004-11-30 23:25 | 言葉のエッセイ