神と仏-1

日本人の宗教は何か。仏教の人もいれば神道の家もある。キリスト教やその他いろいろな宗教がある。しかし、多くの日本人は今は宗教を信じていない。赤ちゃんが生まれたり、七五三には神社にお参りする。結婚式は神前結婚が多かったが、最近はキリスト教も多い。離婚は裁判所でお葬式はお寺にお願いすることが多い。生に関しては神社に、死に関しては寺院にお世話になるケースが多い。仏教は六世紀中頃日本に伝わったので、日本本来の宗教ではない。

 三省堂 大野晋著「一語の辞典 神」によると、日本古来の宗教は「神」を信じるという、原始的な宗教である。
日本の神の特性は、多数いるということと具体的な姿・形を持たないことである。人は神の姿を目にしたことはない。神は一カ所に定住するのでなく、移動するものであった。「神がかり」という言葉があるように、神は人や木・岩等によりつくのである。
 神にはテリトリーがあり、それぞれの場所や物や事柄を支配していた。山や川を通過するためには、神に捧げ物をして安全を乞い願った。これが「手向けタムケ」である。

 古代日本人が神をまつるとは、食べ物(山海の珍味)を供え、酒を差し出すことであった。そして音楽や舞を舞って、神を慰めた。国家の長の役目が、神をまつること(まつりごと=政治)であった。
 神に願うことは農業の豊作・子孫繁栄・日常生活の無事である。そのため、神にいろいろな品物を捧げ、神を褒め讃えた。その結果として神は人々の願いを叶えてくれた。

 神の子孫である天皇を頂点とした大和朝廷が神事を司った。それがまつりごとであった。朝廷は自分自身を清めるためにみそぎやはらえをした。罪はみそぎ(水に入って洗い流す)をすればよい。諸々の罪や過ちは幣ヌサを振るっておはらいをする。風によって、川から海へ、海から地底へとはらっていけば、それは失われる。


幣の図は広辞苑より

 この考えが日本人のまつりごとの基本であり、精神生活の大切な部分である。「まつる」は金品を権力者に贈る事によって、便益を与えられる。公金横領・賄賂等の悪事や失敗は隠して先送りして行けば、いずれ消失するにちがいないとする考え方の原型がここに見られる。

「東照宮」は徳川家康を「乃木神社」は乃木大将を「東郷神社」は東郷元帥を祀っている。
終戦記念日に靖国神社問題が取り沙汰されているが、日本人の考え方と外国の考え方の違いが表れている。みそぎやおはらいで罪が消えれば簡単である。
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by iwaoka2 | 2001-08-15 23:39 | 言葉のエッセイ
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