梅と桜  

 端唄に「梅は咲いたか 桜はまだかいな」歌われている梅と桜。
梅は中国原産の木で、奈良時代に日本に入ってきた。万葉集には「萩の花」に次いで多く詠まれている。一方桜は、日本原産の木で古今集以降多く詠まれている。

 日本に漢字が入ってきて、万葉仮名が作られ万葉集(760年頃)が編纂された。古今集が編纂されたのが約150年後の905年である。その150年の間は、漢文全盛の時代で男性の日常生活は漢文が用いられていた。和歌は姿を消し、漢詩が作られた。
如何に漢文全盛の時代とはいえ、漢文は外国語であり自分の思いを綴るには不便であった。そんな頃、平仮名が作られた。しかし最初は女子供のものとされていた。
紀貫之が「男もすなる日記というものを女もしてみむとてすなり」と、仮名で日記を書いた。そして、漢文全盛の時代がようやく終わり、仮名文学の時代となった。
それでも男性の公的な生活や日記は漢文が用いられ、和歌は仮名が用いられた。 

 このような社会背景から、漢文明全盛の時代は梅の花がもてはやされた。その後、仮名が出来て大和言葉の時代になると桜に興味が注がれた。
梅の花は、「観梅」と漢語を使い、桜は「お花見」と和語を使う。
江戸時代の武士の世の中になると、「花」と言えば桜を指し、散り際の美しさといさぎの良さが日本人の好みにぴったりと合った。
梅と桜には、時代背景が如実に表れている。
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by iwaoka2 | 2008-03-15 23:52
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