梅の便りがあちこちから聞かれる。
水戸の偕楽園は梅の名所である。一八四二年(天保一三)藩主徳川斉昭が造園した日本三名園の一つである。 偕楽とは広辞苑によると、[孟子梁恵王上] 衆人と共に楽しむこと。 水道橋にある後楽園も水戸藩の上屋敷内の庭園である。 後楽とは [范仲淹、岳陽楼記「後天下之楽而楽」] 人々の楽しみにおくれて楽しむこと。 昔の人の教養は漢籍に通じていることであった。 水戸の藩主は漢籍から学んだことを実践して、庭の美しさを民と共に楽しむために「偕楽園」と名づけた。 「後楽園」は、上に立つ者は民が楽しんだ後に楽しむためにと名づけられた。 岡山市にある後楽園も藩主池田綱政の創設で、日本三名園の一つである。 今アフリカや中東諸国で、長年続いた民を苦しめている独裁政治に反対して、命がけのデモが起こっている。 江戸時代の水戸藩主の考え方はすばらしかった。
by iwaoka2
| 2011-03-01 21:49
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外国人の話す愉快な日本語から、我々日本人がこれまで気がつかなかった日本語の特徴が分かることもあります。国語学界の謎といわれた「連濁の法則」も、ほぼ解明できました。
言葉は時代とともに、変化します。日本人の日本語も?が多くなりました。 カテゴリ
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